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弁護団コメント
勝訴判決に寄せて

これまで、皆様のご支援・ご声援に感謝申し上げます。

詩織さんは、性被害者を取り巻く社会・法的システムについて、社会で広く議論してほしいとの願いをもって、自己の被害を実名で公表しました。詩織さんの声を後押しするように、多くの性被害者が声をあげ、表に出にくかった性被害の実態を浮かび上がらせました。また被害者のみならず、被害に遭っていない方も含めて一緒に考え議論がなされ、その実態と構築されるべきシステムについて社会に訴えかけました。この間、性被害者の心情に配慮した捜査や性犯罪における適切な証拠保全がなされるべく警察庁から通達が出るなど、性被害者の声は社会を動かす原動力になっていったと言えます。

しかし、これで終わりではありません。現在、法務省の法制審議会において性犯罪の刑法改正が議論されています。論点は多岐にわたり、いずれの論点も実社会における性被害にかかわる重要な論点です。また、ワンストップセンターなどの整備も急務であることは、今も変わりません。

以下に控訴審において提出した主張の一部を添付します。一人ひとりが声をあげることにより、大きなうねりとなったことが見て取れます。自分に、また自分の大切な人に同じような出来事が起きるかもしれないと思った時、何が必要でしょうか。性被害者をとりまく環境をより一層充実させるために、共に議論を続けていただきたいと思います。

                               弁護団一同

​控訴審における主張の一部

被控訴人が本件各公表行為に至るまでには様々な出来事があり、本件不法行為に遭ってから公表行為に至るまでの経緯や被控訴人の身に起きた出来事は、本件各公表行為を審理する上で欠かせない事情である。そこで、まず本件各公表行為に至るまでの経緯を述べた後に、各公表行為における被控訴人の主張を述べる。

1 控訴人の主張について

被控訴人が2015年4月4日に本件不法行為に遭ってから、2017年5月、週刊新潮において氏名を明かさずに公表し(公表行為(1))、同月29日に司法記者クラブにおいて「詩織」という名前のみ明かして公表し(公表行為(2))、そして、同年10月20日に「Black Box」(甲19)を発行(公表行為(3)および(4))するまでに、約2年以上が経過している。

控訴人は、被控訴人の公表行為の目的は、準強姦被疑事件に興味本位な読者層の関心を引き付け、また、安倍政権批判に利用する勢力の支援を受けてフリージャーナリストとして多大な社会的・経済的利益を獲得し、さらにはファッションブランドのキャンペーンやラジオパーソナリティに起用される芸能活動等に通じた利己的、営利目的であったと主張する。

なるほど、カルバン・クラインのキャンペーンやラジオのパーソナリティなどのみを捉えると、一面的には「世間から脚光を浴び、華やかな世界で活躍したかった者」としての利己的な目的を有していたように映るのかもしれない。しかし、世間から偏見を持たれないために自分が性被害者であるとできるだけ知られたくないという認識は社会一般に広がっており、性被害者が特定されないために性犯罪における刑事裁判でも被害者が秘匿される配慮(刑事訴訟法第290条の2)がなされている現在において、性被害者であることを公表することで「世間から脚光を浴び華やかな世界で活躍できる」と誰が信じ行動に出ようか。「世間から脚光を浴び華やかな世界で活躍できる」保障など何らないのに、世間からのバッシングを浴びるリスクを冒してまで実名での公表行為に出る者がどこにいようか。ジャーナリストを目指していた者が、加害者から就職をあっせんするメールを受けていて就職が確実味を帯びる状況で(甲1の17、18、19、27、58、59)、自分の希望が叶うのを棒に振って、何ら保障されていない「世間から脚光を浴び華やかな世界で活躍できる」ことを目的として、どこに公表行為に出る者がいるのか。このように考えれば、控訴人の主張が如何に荒唐無稽なものであるかが理解できるのではなかろうか。

被控訴人が公表行為に出るまでに起きた出来事は、そんな薄っぺらな想像物ではなく、以下のとおり、真実と向き合うジャーナリストでいたいとする決意の元、様々な苦難や葛藤を乗り越えて出た経緯がある。

2 本件不法行為に遭ってから公表行為に至るまでの事情

(1)被控訴人は、本件不法行為による被害に遭ってから、AやBらにどうしたらよいかを相談した。最初は、被害を訴え出れば、控訴人の業界における立場から、この先同じ業界で仕事を続けることができるのだろうかとひたすら不安でしかなく、自分が耐えるべきかもしれない、忘れてしまえば、すべてはそのまま元通りになるかもしれないとの思いもあったが、ジャーナリストを目指して渡米し、事実を伝えていく仕事で生きて行こうと決意したにもかかわらず、事実に蓋をし、事実に向き合わなければジャーナリストの仕事をする資格はないと思うに至り、2015年4月9日に警察に相談に行った。

(2)しかしながら、最初は「よくある話しだし、事件として捜査するのは難しい」などと捜査員から事件化することを断られた。この点、NHKの「クローズアップ現代」で、2019年7月30日、「“顔見知り”からの性暴力~被害者の苦しみ 知っていますか」とのタイトルで取り上げられたある性被害者は、警察において、なぜラブホテルに行ったのか、なぜ助けを呼ばなかったのか、本人に責任がある、などとして、被害届を受理されなかった事例が取材されている(甲58)。これは日本における性被害申告の現状であり、同年5月15日、衆議院法務委員会においても被害届不受理がとりあげられているが(甲59)、この報道より4年前の本件被控訴人においても、警察の当初の対応は同じであった。

被害申告をしても、被害申告を受理して捜査を進めようとしない警察に対する不信感を募らせ、被控訴人はできるだけ記録を残すようにした。また、警察に相談に行くまでに、「緊急だから」と頼み込んで予約なく婦人科に行ったが、「いつ失敗されちゃったの?」と顔を見ることなく淡々と言われたことから、被害相談をすることはできず、また、性暴力被害者を支援するNPOに電話相談をしたが、直接話を聞いてからでないと情報提供はできないと言われて、病院や専門機関において気軽に相談することもままならず、専門的な支援を受けることができなかった。

 

(3)何度も捜査員とやりとりをし、なんとか捜査が進み始めたが、被害者自身に被害体験を再現させたり、「処女か」などの質問を何度もする捜査方法に、度々傷つけられた。被控訴人は、真実から目を背けまいとそのような捜査に耐えながら協力していたところ、同年6月4日、捜査員から逮捕状執行の電話を受けた。これからの進展に思いを巡らせたのもつかの間、「警視庁のトップ」の指示により逮捕状執行は中止されたとの連絡をうけた。その直後に、それまで捜査を担当していた捜査員および検事は交代したと聞かされ、さらに捜査機関に対する不信感が募った。

 

(4)その後、控訴人側から示談の申し入れがあるとのことで、警察の捜査車両に乗って弁護士事務所に連れて行かれ、示談の説明をうけた。また、その後捜査を引き継いだ捜査一課からは、逮捕状は返納され、捜査は引き続きしているとの説明を受けたが、被控訴人としては何ら納得のできる説明ではなかった。その後も、担当捜査検事から事情聴取を受けたが、納得できる回答はなく、不起訴処分が下った。

(5)被控訴人としては、ジャーナリストを続ける上で真実また現実に目を背けることはできなかった。逮捕状が発付されているのに執行中止されたこと、性被害に遭い心身共にボロボロなのに、支援するサポートシステムもなく、捜査機関の対応もひどく、さらに被害者自身が傷付けられる現在の状況であること、そして、これらの現状を改善するには、自分に起きたことを全て公表して広く議論されるしかない、との思いであった。

 

(6)そのような折、東京都写真美術館で開催されていた「世界報道写真展」でメアリー・F・カルバートの写真を観(甲60)、性暴力の傷跡をなぞるような長期報道写真から、同じ報道写真の道に生きるものとしての「使命」を確認させられた。彼女の報道写真に自分の身に起きた出来事を重ねると、変えなければいけない問題点と死ぬ気で向き合い、すべてを出し切らなければならないと再認識するに至った。

検察審査会で覆ることの希望をみる一方で、国会では刑法改正案が提出されることになり強姦罪の問題点や法改正に伴い他の改善が必要な点について話をしなければならない、改善の必要性を説得力あるように訴えるには、自分の経験を隠さずに話さなければならない、その決意の元、2017年5月、週刊新潮の取材を受けた。

週刊新潮の記事には、司法や捜査、性犯罪ホットラインなどのシステムの改善に、今国会での改正とともに取り組むべきとの主張にも触れる確約を得て応じた。週刊新潮の取材で当時の警視庁刑事部長が逮捕状の執行中止を指示したとの事実が明らかになった。しかしながら、あくまでも被控訴人が真に伝えたかったことは、性被害者が泣き寝入りせざるを得ない法律の問題点や、捜査、社会の在り方だった(公表行為(1))。

 

(7)そこで、「被害者A」としてでなく、この世の中に被害者が実在し、その実態とリアルな被害者の声が社会に届いてほしいとの思いで実名と姿を現すことで示し、自分の身に起きたことを明らかにして、広く社会で議論することが改善につながると信じ、同年5月29日、記者会見(公表行為(2))に臨んだ(甲61)。

 

(8)同年6月、110年ぶりに刑法が改正(平成29年刑法改正)されたが、同改正では、平成26年10月から法務省で開催されてきた性犯罪の罰則に関する検討会で議論された一部が改正されただけであり、「暴行脅迫要件の撤廃」や「性交同意年齢」等、取り残された論点はいくつもあった。また、上記検討会に資料として提出されている「『女性に対する暴力』を根絶する課題と対策~性犯罪への対策の推進(抜粋)」(平成24年7月 男女共同参画会議 女性に対する暴力に関する専門調査会)でも指摘されているように、ワンストップ支援センターの設置促進、二次的被害の防止などの被害者への支援・配慮など性被害者への社会的支援の構築が急務であることは、当時の(現在においても)日本社会の課題であるが、この点を補うように平成29年の法改正がなされたわけではなく、同法改正後も議論を深める必要性が高かった。

さらに、逮捕状は、いかなる立場の人物にも公正に執行されなければならないところ、当時の刑事部長のひとことで突然執行中止がなされ、逮捕状の執行停止が異例なことであるにもかかわらず、それに対する納得いく説明はなく、この点も改めて社会に問題提起する必要があった。

性暴力は誰にも経験してほしくない恐怖と痛みをもたらす、このことを体験している被控訴人においては、性暴力が繰り返されないよう、また、性暴力の被害者が回復する道を示せるように、社会的・法的システムを同時に変えなければならない、そのために第一に被害についてオープンに話せる社会にしたい、まず自ら行動を起こさなければならないと決意し、同年10月20日「Black Box」の発行に至った(公表行為(3)および(4))。

「すべてを公表する」ことは必須であった。部分的に公表しても信用性がなく、迫真性が得られない、迫真性が得られてこそ、社会に声が届き広く議論される動きにつながる、部分的であっては、「都合の良いことを書き、都合の悪いことを隠している」などと性被害への理解は得られず、広く議論されることにつながる前につぶされかねない。

(9)すべては、性暴力被害者を取り巻く環境を改善させる目的にでたものである。以上が、公表行為(1)、公表行為(2)、公表行為(3)および(4)に至った経緯である。

3 本件公表行為後の社会的状況

(1)ところで、アメリカ「ニューヨーク・タイムズ」紙の記者らが、同年10月5日、米ハリウッドの有名映画プロデューサーであったハーヴェイ・ワインスタインによる性的加害行為についての調査報告を、加害者であるワインスタインの名と共に性被害者の実名を出して公表し、世界中に#MeToo運動が広がった。公表した記者らは、そもそも報道は「実名」であることが重要であるところ、性被害者らは「社会を変えるため」「娘を同じ被害から守るため」に実名を出すことに同意し、加害者の実名を出すことによって公正さを担保したと述べる(甲62)。

被控訴人は、当該調査報告公表の約4か月前に実名で本件公表行為をし、本著(甲19)においても実名公表をし、性被害者のリアルな声を社会に届けようとしてきたが、実名での本件各公表行為が社会的に影響を与え意義のあるものであったことは、上記#MeToo運動の広がりからも証明されている。

(2)また、被控訴人の実名での公表行為は、性被害者が自ら声をあげるフラワーデモ等の行動へとつながった。本著(甲19)では、「第6章」で性犯罪における他国との違いや日本における疑問を呈し、「「イエスがなければ同意ではない」という教育もしていかなければならない」(甲19の186頁)と述べることと重なるように、現在行われている法務省の性犯罪に関する刑事法検討会においても「不同意性交等罪」が議論されている。

このように、被控訴人の上記公表行為は、フラワーデモなどの性被害者らの活動を後押しし、性被害者らの活動と共に、平成29年刑法改正で決議された3年後の見直しにおける刑法改正を後押しする力になっている。