判決要旨
判決要旨
第1 事件番号
平成29年(ワ)第33044号 損害賠償請求事件
平成31年(ワ)第2458号 謝罪広告等反訴請求事件
第2 判決日・時間・法廷
令和元年12月18日午前10時30分 708号法廷
第3 担当部及び裁判官の氏名
民事第25部
裁判長裁判官・鈴木昭洋,裁判官・石田佳世子,裁判官・窓岩亮佑
第4 当事者
1 本訴原告・反訴被告(以下「原告」という)
伊藤詩織
2 本訴被告・反訴原告(以下「被告」という)
山口敬之
第5 主文
1 被告は,原告に対し,330万円及びこれに対する平成27年4月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の本訴請求を棄却する。
3 被告の反訴請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,本訴反訴ともに,これを19分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
5 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
第6 事案及び理由の要旨
1 事案の概要
本訴は,原告が,被告に対し,被告は,原告が意識を失っているのに乗じて,避妊具を付けずに性行為を行い,原告が意識を取り戻し,性行為を拒絶した後も,原告の体を押さえ付けるなどして性行為を続けようとし,これにより,肉体的及び精神的苦痛を被ったとして,不法行為による損害賠償請求権に基づき,慰謝料1000万円及び弁護士費用100万円の合計1100万円並びにこれに対する平成27年4月4日(不法行為の日)から支払済身まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案。
反訴は,被告が,原告に対し,原告が主張する性行為は,原告との合意の下で行われたものであったのに,原告は被告を加害者とする性暴力被害を訴えて,週刊誌の取材,記者会見,著書の公表などを通じて,不特定多数人に向けて発信又は流布し,これにより,被告の名誉及び信用を既存し,プライバシーを侵害したとして,不法行為による損害賠償請求権に基づき,慰謝料2000万円,営業損害1億円及び弁護士費用1000万円の合計1億3000万円並びにこれに対する平成29年10月20日(不法行為の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,民法723条に基づき,名誉回復処分としての謝罪広告の掲載又はその受忍を求める事案。
原告と被告が宿泊するホテル(以下「本件ホテル」という。)の居室(以下「本件居室」という。)に滞在中,被告が避妊具を着けずに原告の陰部に陰茎を挿入する等の性行為(以下「本件行為」という。)をした事実については,当事者間に争いがない。
原告は,本件行為の後,本件行為やその後の経過等につき,週刊新潮への記事の掲載,司法記者クラブでの記者会見,著書「ブラックボックス」の発表等の公表行為(以下「本件公表行為」という。)を行った。
2 当裁判所の判断
(1)本件行為につき原告の同意があったか
ア 原告の供述について
原告は,平成27年4月3日,被告と共に串焼き店と寿司屋(以下「本件寿司店」という。)において飲食し,本件寿司店のトイレにおいて,蓋をした便器に腰かけ,給水タンクに頭をもたせかけた状態で意識を失ったこと,トイレから戻った後は同じ内容を繰り返し話す状態であったこと,本件寿司店を出た際に千鳥足であり,時折,並木に手をついて休む様子であったこと,タクシーの車内において嘔吐したこと,同日午後11時20分頃,本件ホテルの車止めに到着し,停車してから2分以上が経過した後,被告に引きずられるようにしてドア側に移動した後降車したこと,本件居室に向かう間,足元がふらついており,隣を歩く被告に体重を預け,被告に支えられる状態であったことが認められる。これらの事実からすると,原告は,本件寿司店を出た時点で相当量のアルコールを摂取し,強度の酩酊状態にあったものと認められ,このことは本件寿司店においてトイレに入った後,本件居室で目を覚ますまでの記憶がないとする原告の供述内容と整合的である。
原告は,本科居室においてシャワーを浴びることなく,同月4日午前5 時50分に本件ホテルを出てタクシーで帰宅したが,これら原告の行動は,原告が被告との間で合意の下に本件行為に及んだ後の行動としては,不自然に性急であり,むしろ,本件ホテルから一刻も早く立ち去ろうとするための行動であったとみるのが自然である。また,原告は,同日に産婦人科を受診してアフターピルの処方を受けているが,このことは,避妊することなく行われた本件行為が,原告の予期しないものであったことを裏付ける事情といえる。加えて,原告は,同月7日及び8日に友人2名に本件行為に係る事実を告げて相談したほか,同月9日には原宿警察署において本件行為に係る事実を申告して相談したことが認められる。原告が,本件行為に近接した時期に,本件行為につき合意に基づかずに行われた性交渉であると周囲に訴え,捜査機関に申告していた点は,本件行為が原告の意思 に反して行われたものであること裏付けるものといえる。この捜査機関への申告について,被告がTBSのワシントン支局長を解任されたのは同月23日であり,原告が本件行為に係る事実を警察に申告した同月9日の時点では,被告は同支局長として原告の就職のあっせんを期待し得る立場にあったから,原告があえて虚偽の申告をする動機は見当たらない。
イ 被告の供述について
被告は,原告を本ホテルに連れて行くことを決めたのはタクシーの車内で原告が嘔吐した時点であり,タクシーに乗るまでは原告の酩酊の程度は分からなかったと供述するが,本件寿司店と恵比寿駅は徒歩でわずか5 分程度の距職にあることからすると,本件寿司店を出た時点で,被告がタクシーに原告を同乗させた点について合理的な理由は認め難い。また,原告は,タクシーの運転手に対し,「近くの駅まで行ってください。」と指示し,近隣の自宅まで電車を使って帰る意思を示していたのに,被告は,タクシーが目黒駅に到着する直前に,運転手に本件ホテルに向かうよう指示し,原告を本件ホテルに同行させた事実が認められる。
被告は,本件居室内において,原告が午前2時頃に目覚めた際「私は,何でここにいるんでしょうか。」と述べ,就職活動に関し自分が不合格であるかを何度も尋ねており,酔っている様子は見られなかったと供述する。しかし,原告の「私は,何でここにいるんでしょうか。」という発言自体,原告が本件居室に入室することにつき同意をしていないことの証左というべきであるし,本件寿司店において強度の弱面状態になり,本件居室に到着した後も嘔吐をし,被告の供述によれば一人では脱衣もままならない状 態であったという原告が,約2時間という短時間で,酔った様子が見られ ないまでに回復したとする点についても疑念を抱かざるを得ない。また,被告の供述する事実経過は,本件行為後,原告が本件居室でシャワーを浴びることもなく,早朝に一人で本件ホテルを出たこととも整合しない。
さらに,本件行為直前の原告の言動に関し,被告は平成27年4月18 日に原告に送信したメールにおいて,「あなたは唐突にトイレに立って,戻ってきて私の寝ていたベッドに入ってきました。」,「あなたのような 素敵な女性が半裸でベッドに入ってきて,そういうことになってしまった。」などと記載して,原告の方から被告が寝ていた窓側のベッドに入ってきたと説明していたが,同メールの内容は,原告に呼ばれたために被告が窓側のペッドから原告の寝ている入口側のベッドに移動したとする被告本人尋問における供述内容と矛盾するものである。被告の供述は,本件行為の直接の原因となった直近の原告の言動という核心部分について不合理に変遷しており,その信用性には重大な疑念がある。
ウ 本件行為についての合意の有無
タクシー内における原告と被告のやり取り,タクシー降車時及びタクシーを降車してから本件居室に入室するまでの原告の状況からすれば,原告が自らの意思に基づいて本件居室に入室したとは認められない。
両当事者の供述についてみると,本件居室内における本件行為に関する被告の供述には,重要な部分において不合理な変遷が見られ,客観的な事情と整合しない点も複数存する点で信用性に疑念が残るのに対し,本件行為時に意識を回復した後の事実に関する原告の供述は,客観的な事情や本件行為後の原告の行動と整合するものであり,供述の重要部分に変遷が認められず,被告の供述と比較しても相対的に信用性が高い。
以上のとおり,本件行為の原因となった本件居室への入室が原告の意思に基づくものではないことに加え,信用性が相対的に高いと認められる原告の供述によれば,被告が,酩酊状態にあって意識のない原告に対し,合意のないまま本件行為に及んだ事実,及び原告が意識を回復して性行為を拒絶した後も原告の体を押さえ付けて性行為を継続しようとした事実を認めることができる。
そうすると,被告による上記行為は,原告に対する不法行為を構成する。
(2)原告の損害額
原告は,将来は職務上の上司となる可能性のあった被告から,強度の酩酊状態にあり意識を失った状態で,避妊具を着けることなく性交渉をされたこと,意識を回復し拒絶した後も,被告に体を押さえ付けられて強引に性交渉を継続されそうになり,その際,ベッドに顔面が押し付けられる形となって呼吸が困難になるなどして恐怖を感じたこと,これにより,原告が,現在まで,時折,フラッシュパックやパニックが生じる状態が継続していることが認められる。これら本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると,原告が被告の不法行為によって被った肉体的及び精神的苦痛に対する慰謝料は,300 万円と認めるのが相当である。そして,被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用の額は30万円と認めるのが相当である。
したがって,原告は,被告に対し,不法行為による損害賠償諦求権に基づき330万円及び遅延損害金の支払を請求し得る。
(3)本件公表行為が被告に対する不法行為を構成するか
原告は,自らが体験した本件行為及びその後の経緯を明らかにし,広く社会で議論をすることが,性犯罪の被害者を取り巻く法的又は社会的状況の改善につながるとして本件公表行為に及んだことが認められ,公共の利害に係る事実につき,専ら公益を図る目的で表現されたものと認めるのが相当であること,その指示する事実は真実であると認められることからすると,本件公表行為は名誉毀損による不法行為を構成しない。
また,原告が,性犯罪被害者を取り巻く法的又は社会的状況を改善すべく,自らが体験した性的被害として本件行為を公表する行為には,公共性及び公益目的があると認められること,本件行為をめぐって原告と被告との間で主張が対立する中,本件行為が原告の合意の下に行われたとする被告の主張に反論すべく,被告との間の交渉経過や避妊をしなかったことについての被告の言い分を明らかにするためにされたものと認められ,その態様も,相当性を逸したものとはいえないことからすると,プライバシー侵害による不法行為も構成しない。
(4)結論
以上によれば,原告の本訴請求は,被告に対し,330万円及びこれに対する平成27年4月4日(不法行為の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,被告の反訴請求は理由がない。